「可以說說日本的神話故事嗎?」
先日、日本語クラスの生徒に聞かれた。
今日の”緯来日本台”見ましたか。「神話の里めぐり旅特集」でした。
天と地が初めて分かれた時、天上界の高天原(たかまがはら)には、次々に天つ神が現れた。
最後に現れた男神・イザナギノミコト(伊弉諾・伊邪那岐)と女神・イザナミノミコト(伊弉冉、伊邪那美、伊弉弥)が結ばれ、国土を産み、多くの神々が誕生した。
しかし、火の神を産んだとき、イザナミノミコトはあの世へと旅立ってしまう。あまりの悲しみに、黄泉の国までも愛しい妻を追いかけるイザナギノミコトを待っていたのは、惨い(むごい)永遠の別れでしかなかった。
死者の国から戻ったイザナギノミコトは、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊ぎ祓い(みそぎはらい)を行った。左目を洗うと、天照大神(アマテラスオオミカミ)が、右目を洗うと月読(ツクヨミノミコト)が、鼻を洗うと、素盞嗚尊(スサノオノミコト)が現れた。
月読(月の神)ツクヨミノミコトは夜の国を、素盞嗚尊スサノオノミコトは海の国を、そして、天上の神々の世界、高天原は、天照大神アマテラスオオミカミが治めることになる。
やがて、神々の国から地上界・葦原中国(あしはらのなかつくに)にアマテラスオオミカミの子孫、ニニギノミコトが降り立つ。高千穂のくしふる峰や高千穂・五ヶ瀬にまたがる二上山など高千穂に伝わる天孫降臨(てんそんこうりん)である。これよりのち、出会い、愛し合い、嫉妬し、怒り、苦しみ、戦う神々のもの語りは、日向の地を舞台に繰り広げられていった。
天孫降臨(てんそんこうりん)は、アマテラスの孫であるニニギが、葦原中国平定を受けて、葦原中国の統治のために降臨したという日本神話の説話である。
ニニギ(アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギ)は、日本神話に登場する神。
古事記では、天邇岐志、国邇岐志、天津日高日子、番能邇邇芸命、日本書紀では、天饒石国鐃石天津彦火瓊瓊杵尊、天津日高彦瓊瓊杵尊、彦火瓊瓊杵、火瓊瓊杵などと表記され、一般には瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と書かれる。
天照大神の子である天忍穂耳尊と、高木神の娘である栲幡千千姫命(萬幡豊秋津師比売命)の子。兄に天火明命(アメノホアカリ)がいる(日本書紀の一書では天火明命(アメノホアカリ)の子とする)。
天照大神の命により、葦原中国を統治するため高天原から、日向国の高千穂峰に降り(天孫降臨)、吾田国(現在の南さつま市)の長屋の笠狭碕に到達する。
そこで(大山祇神の娘である木花之開耶姫を娶り、ホデリ(海幸)・ホスセリ・ホオリ(山幸)を生んだ。ホオリの孫が神武天皇である。亡くなった後は「筑紫の日向の可愛の山陵」に葬られた。
日向の国に暮らす人々は、今も神々のもの語りを伝えながら、神楽を舞う。神々が慈(いつく)しんだ山々を、樹木を、草花を、清流を、そこに生きる命を讃(たた)える。
そして、巡り来る新しい季節の幸を願い、祈りを捧げている。
「ひむか神話街道」は、「ニニギノミコト」「ヒコホホデミノミコト(山幸彦)」「ウガヤフキアエズノミコト」「カムヤマトイワレヒコノミコト(神武天皇)」に至る日向四代にまつわる様々なロマンをつなぐルートである。
- Feb 02 Sat 2008 03:35
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天地開闢てんちかいびゃく
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